中国語2019(TLPクラス:通年)

 東大では、1年生の時に、既修外国語(多くは英語)と未修外国語、二ヶ国語を必修科目として学ぶことになっています。旧帝大だと同様のカリキュラムを展開している大学は多いようですが、入試科目が少ない大多数の大学では、必修は英語だけ、とか、英語以外は選択科目、どころか、外国語はすべて選択科目、というところもあり、外国語を2つ必修でがっつり学ぶ大学は数としては少数になってきているように思います。

 数年前、東大はトライリンガル・プログラム(TLP)という外国語のエリート教育を始めました。二ヶ国語学習という大枠は実は変わっていませんが、根本的な発想を転換させ、日本語もグローバル環境の中では英語や中国語と同じ一つの言語だと考え、トライリンガル(三ヶ国語)と読み替えたわけです。

 大多数を占める日本人学生であっても、日本語を使って4年にわたって教養を蓄えていくということは、実は、さらに高度な日本語力を4年間のコースワークの中で身につけていくことだとも言えるでしょう。また、外国語力もただ単なる道具的なスキルとして身につけただけでは、東大生としては悲しい、やはり、自分だけの思想や智慧、教養を兼ね備え、グローバルな環境の中で対話的に活躍できる人材を、東大としては育てたい、ということだろうと思います。

 エリート教育というのは、このプログラムを履修することができる学生を、英語の成績優秀者に絞った点です。具体的には、東大入試の英語で上位300位(上位一割)程度以上の成績を取った学生ということになります。このプログラム生は、入学時だけではなく、学期や年度の区切りごとに英語ともう一カ国語の成績がチェックされ、基準に達しないと、そこで修了資格を失い、脱落するというふうに設計されています。入学して最初の学期の外国語の履修コマ数は特に多く、なかなか厳しいと思いますが、だからこそ、1年半のTLPを修了した学生は、教員としての私から見ても、たいしたものだと思います。

 中国語を英語以外の外国語として選択してTLPの履修を許可された学生は、毎年約3000名の新入生のうちの60名程度です。一般の中国語のクラスは30名規模なのですが、TLPクラスは、1クラスを20名に限定して3クラス(文系2理系1)展開しています。今年度私はその中の文系の1クラスを担当しました。元来選抜されてきている学生だからでしょう、向学心が高く、積極的な発言や質問も多く、また、少人数ということで非常に濃厚な授業運営が可能でした。欠席が目立つ学生も、私語がうるさい学生もわずかながらいましたが、全体として楽しく教えることができました。

 授業内容は、中国語文法と基本的な語法の習得です。Sセメスター(春夏学期)は、週2コマ(1コマ105分13週)をもうひとりの先生とリレー式で行い、Aセメスター(秋冬学期)は、週1コマを私だけで行いました。

 単純計算で、約4000時間をかけて、B5版で200ページ近くある分厚い教科書をほぼすべてやりきりました。余った時間は、2年生になって役に立つようなことと考えて、ディクテーションと映画鑑賞を行いました。ディクテーションは、普段の授業ではあまり時間が取れなかったのですが、やはり、中国語を聞き取れた時の喜びは格別なので、ディクテーションはもっと時間をかけたいと思っていました。映画は中国語字幕のものを見せるつもりだったのが、機器の扱いに失敗して、英語字幕になってしまったのは反省材料です。

 映画は、「ションヤンの酒家」という邦題で公開されたことのある《生活秀》という映画で、重慶を舞台にしていながら(原作小説は武漢)、役者の中国語が、標準的な発音でかつ比較的ゆっくり話されているので、教材に適していると、過去にも教材として使ったことのあるものです。描かれているのは、もう20年ほど前の中国社会の一面ですが、現在の中国社会の理解に資する描写も随所に挟まれています。

  とにかく、今年度私が教えた20名が、4月から2年生になったあとも、日英中の語学スキルを順調にレベルアップさせ、3年後に頼もしい教養人として巣立っていくことを祈るのみです。

 今年度後期TLP(3,4年生=後期課程生向けTLP)を修了した学生は一人だけでしたが、彼女は前期課程でもTLPを修了した学生でした。私が引率した北京社会文化研修でいっしょに活動しましたが、癖のない中国語で、現地の中国人とスラスラと内容のある話をしていましたが、実は、カナダに1年間留学しただけあって、中国語よりも英語の方が得意なのだとか。20名のうち何名がこんな学生になってくれるのか、楽しみでもあり心配でもあります。